[兵站戦線2673]

homefrontとは「銃後」という意味で、あえていえば「兵站」と云いましょうか。小島祝平氏曰く、川柳は正直に詠む。ええ恰好しよ、思うのは川柳やない。川柳のいのちは、真実(ほんま)や、ほんまのところにユーモアが出る。うそはあかん。短歌ブログ;http://ameblo.jp/oyajipoem 俳句ブログ;http://blog.livedoor.jp/kigai_bow/

保守という立場、拠って立つ面的領域

[保守]とは[革新]に対するアンチではないこと、[一般平民の中での保守]であること。保守であるからと言って括弧つきの革新の意見に同調することもやぶさかではない。どうでも排除すべきは立てこもり主義でありましょう。それは保守の側にも革新の側にもある。そもそも従米[主義]とか反米主義とかいうのが奇異とは思えませんか。対等的自立的関係であるべきであり、そのためにも憲法の新規制定すなわち制憲過程がここに登場を見るのです。

 

[保守]とは孤立主義、地方主義、小さい政府派に反対する、幅広い連帯の領域なのです。それは蠢動する共和派へのアンチでもあり、[保守]とは立憲君主派であります。「列島一国の日本主義」とも言いかえることができましょう。同時に私たちは精神の自由をも欲している。つまりは一枚岩にはついぞなれない根源的欲求というモノを内在させているということです。「個」と「公」、「一」と「多」を結ぶ仕組みをネット社会に求める時代が到来しています。マスメディアは戦後的世界までは機能していたでしょう。しかし巨大化することで疲労劣化が進行しています。情報の発信者は一元的、一方通行的政治家、政党、マスメディアではないのです。まして、「保守」対「革新」といった陳腐な二元論の世界ではないのです。少なくとも「革新」はないものと私は看做しています。「革新勢力」という既成の「革新」は要らないのです。もっと別な形の「変革勢力」を夢想します。

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